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特集幻覚剤の、抗うつ薬としてのメカニズムと可能性を探る

世界が注目する「幻覚剤の抗うつ薬利用」への、
新たなアプローチ

 幻覚剤として知られるマジックマッシュルーム。その幻覚成分「シロシビン」の持つ抗うつ作用が、精神医学界で注目を集めています。一方、その詳細な作用メカニズムは未だ解明されていません。神経精神薬理学を専門とし、日本でいち早くシロシビンの研究を始めた衣斐大祐准教授は、脳内の「セロトニン5-HT2A受容体」に着目し、シロシビンの抗うつ作用のメカニズム解明と新たな治療薬の発見に挑んでいます。

衣斐 大祐 准教授

薬学部 薬学科

衣斐 大祐 准教授

Daisuke Ibi

1980年、岐阜県大垣市生まれ。2008年、名古屋大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。博士(医学)。2012~2015年、アメリカ?ニューヨークのマウントサイナイ医科大学博士研究員。2015年、名城大学薬学部助教、2019年、同准教授。日本薬学会、日本薬理学会、日本神経精神薬理学会などに所属。2018年度日本薬学会薬理系薬学部会奨励賞、2020年度日本神経精神薬理学会学術奨励賞などを受賞。

幻覚剤が持つ有益な作用

すでに治療現場で活用している国?地域も

 マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンが、うつ病の治療に有効であることが、2016年に発表されました。またそれに先駆け、麻酔薬のケタミンにも同様の効果があることも明らかとなっています。既存抗うつ薬の効きにくい難治性うつ病患者がケタミンを処置されると、わずか数時間でうつ症状が改善し、シロシビンなら1~2回の服用で数カ月~1年にもわたって効果が持続することが報告されています。それまでの教科書の内容を覆すこれらの事実は、半世紀以上におよぶ精神医学史上、最大級の発見とも言われています。欧米の国や地域の中には、シロシビンやケタミンを、すでに臨床に使用しているところもあります。
 シロシビンにはまた、薬物やアルコールの依存症や、末期のがん患者の不安症状を改善する効果があるとも言われています。さらに合成麻薬のMDMAには、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を改善する効果があることも、アメリカの研究者によって証明されました。いずれも幻覚を起こす薬ですが、人間にとって有益な作用への期待が高まり、盛んに研究が行われています。

抗うつ作用のメカニズム解明に挑む

セロトニン5-HT2A受容体に着目

 話は少しさかのぼりますが、私は名城大学に赴任する前、アメリカに留学し、統合失調症の治療薬に関する研究をしていました。治療薬が効く詳細なメカニズムの多くが未解明でしたが、セロトニンの受容体をブロックすることが分かっていました。脳内の「幸せ物質」と言われるセロトニンは、受容体と結びつくことで効果を発揮します。そのセロトニンの受容体を、なぜ統合失調症の治療においてブロックする必要があるのかは分かっておらず、その意義を調べることにしたのです。研究を進めると、統合失調症の治療薬は、14~15種類あると言われているセロトニン受容体の一つ、セロトニン5-HT2A受容体に「ふた」をし、さらにその下流に存在する細胞内シグナルを強力に抑制することが判明しました。さらに、セロトニン5-HT2A受容体の強力な機能抑制がシナプス構造や認知機能の障害を引き起こすこと、およびそのメカニズムを突き止めました。
 セロトニン5-HT2A受容体に着目したこの研究を終えて帰国した、ちょうどその頃、シロシビンがうつ病に効くと発表されたのです。前述したように、シロシビンはセロトニン5-HT2A受容体を刺激して幻覚を起こします(図(1))。それがどのようにうつ病治療の効果につながるのか。マウスの実験によりそのメカニズムを確認しようと考えました。

シロシビンは体内で代謝されてシロシンとなり、血液脳関門を通過して脳内へ入り込み、セロトニン5-HT2A受容体を刺激する。シロシンの分子構造はセロトニンと似ていることが分かる。

シロシビンは脳のどこでどう作用するか

 抗うつ作用のメカニズムを解明するため、シロシビンが脳のどの部位のセロトニン5-HT2A受容体に、どのように作用しているかを調べることにしました。
 セロトニン5-HT2A受容体は脳のさまざまな部位に発現するのですが、部位によって発現量や周囲の環境が異なり、シロシビンの作用も変わってくると考えられます。そこでマウスの脳から、ある領域のセロトニン5-HT2A受容体を遺伝的に取り除いてシロシビンを投与する実験を行いました。一つは大脳皮質、もう一つはその内側にある大脳皮質下のうち、よく分かっていないものの「ストレス関連領域」と考えられている領域です。すると、大脳皮質のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは幻覚が起きず、抗うつ作用を発揮。一方、大脳皮質下のセロトニン5-HT2A受容体を取り除いたマウスでは、幻覚が起き、抗うつ作用は出ないという結果が得られたのです(図(2))。
 このことから、シロシビンの幻覚を見せる脳の部位と、抗うつ作用を発揮する脳の部位は、違うことが明らかとなりました。理性や認知などの高次脳機能のみならず、実際の視覚など感覚入力にも関わる大脳皮質が、幻覚にも大きく関わっていそうだという結果もさることながら、大脳皮質下のあまり機能が明らかではなかった領域のセロトニン5-HT2A受容体が抗うつ作用に関わっていることや、それを取り除いてしまってもシロシビンによる幻覚が出るという結果は、非常に興味深いものでした。

脳神経細胞をピンポイントで刺激して解析

 シロシビンの作用によって脳の「切り分け」を行ったこの研究の結果をもとに、抗うつ作用や幻覚に関わる脳の神経細胞をピンポイントで狙って信号を与え、実際に抗うつ作用や幻覚が現れるかどうかを解析する研究も始めています。その手法の一つとして使っているのが、脳神経細胞に、ある遺伝子を発現させ、光によって刺激または抑制できるようにする「光遺伝学」と呼ばれる技術です。世界的にも最先端のこの神経科学技術は、すでにマウスの脳に使用することが可能となっていて、近い将来には人にも適用できると期待されています。抗うつ作用に関与する脳の部位を明らかにして、その部分の神経にこの技術を使えば、シロシビンを使わずに抗うつ作用を引き起こすことが可能となるでしょう。

ケタミンとシロシビンに共通の作用機序はあるか

 シロシビンと同様に抗うつ作用のある、ケタミンの作用メカニズムについて調べる研究も行っています。すでに述べたように、ここ10~20年の間に、どちらも難治性うつ病に効くことが立て続けに発見されました。加えて、両者は即効かつ持続的な抗うつ作用を示すという特徴も類似しています。そこで、両者はまったく同じとは言わないまでも、ある程度は共通した脳内のメカニズムを介して抗うつ作用を発揮しているのではないかと考え、ケタミンの抗うつ作用におけるセロトニン5-HT2A受容体の役割に関する調査も始めたところです。ただ、うつ病の治療標的としてセロトニン5-HT2A受容体が有用であるかどうかという点に関しては、まだ世界的なコンセンサスが得られているわけではありません。詳細な作用メカニズムを、いち早く解明したいと思っています。

新たな抗うつ薬を求めて

幻覚が本当に悪者かはまだ分からない

 幻覚は悪者だと捉えられがちですが、幻覚が起きることの是非には研究者の間でもさまざまな見解があります。イギリスの研究者によると、シロシビンを服用した患者が、まるで「アマゾンの奥地を探検したような感動的な体験」をした気分を味わったとの話もあります。もしかすると幻覚は、抗うつ作用にとって必要なものなのかもしれません。
 その一方で、セロトニン5-HT2A受容体をうつ病の治療標的と考える世界中の研究者の多くが、幻覚を起こさずこの受容体を刺激する化合物を探しているのも事実です。

既存の薬から幻覚が起きない抗うつ薬を探索

 私も、アスピリンなど日常的に使われている既存の特許切れの薬の中からそのような薬を見つけ、新たに抗うつ薬として特許を取得すべく研究を行っています。例えば鎮静剤のサリドマイドは、胎児の奇形を引き起こし社会的な問題となりましたが、その原因となった血管新生を妨げる作用は、現在ではがんの治療に利用されています。これと同様に、既存薬を別の用途に活用しようという「ドラッグリポジショニング」の研究です。ドラッグリポジショニングによる抗うつ薬の発見に関しては、コンピューターで探索を行った研究論文はすでにいくつか発表されているのですが、私の研究は実験によるもの。セロトニン5-HT2A受容体を培養細胞に発現させ、セロトニン5-HT2A受容体の活性化レベルが数値化されるようにしておき、既存の薬との反応を調べる手法です。数千~数万種類の薬を網羅的に調べる泥臭い方法ですが、コンピューターには出せない結果にたどり着く可能性もあり、挑むべき価値を感じています。
 幻覚作用を有するような規制薬物を対象とした研究は、実験材料が入手しづらい困難もありますが、実験設備や資金面で恵まれた名城大学の研究環境の中、シロシビンの可能性にいち早く興味を持った者として、世界に先駆けた成果を出したいと思っています。