特集コロナ禍による心理面の変化
「日常の変化」によって生み出された
心理的ストレスへの対処法とは?
新型コロナウイルス感染症拡大を機に、私たちの日常は大きく変わりました。常にマスクを着用しなければならない生活や、人との距離を保ったコミュニケーションなど、行動様式の変化や情勢不安によって、ストレスを感じている方も多いかと思います。さらなる長期化が予測されるコロナ禍での心理的負担と、私たちはどう向き合っていくべきなのでしょうか。自己制御やセルフ?コントロールを研究する原田先生に伺いました。
人間学部 人間学科
原田 知佳 准教授
Chika Harada
2010年、名古屋大学大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻修了(博士(心理学)取得)。日本学術振興会特別研究員PD、名古屋大学博士研究員を経て2012年から現職。日本心理学会、社会心理学会、教育心理学会、発達心理学会、犯罪心理学会などに所属。共著に「非認知能力:概念?測定と教育の可能性」「学校における自殺予防教育プログラムGRIP-グリップ-」、論文に「社会性と集団パフォーマンス:他者の感情理解と自己制御に着目したマルチレベル分析による検討(社会心理学研究, 2019)」ほか。
コロナ禍の影響により拍車のかかる高ストレス社会
若い人たちは、コロナ禍でどのような感情の変化を経験したのでしょうか。大学生200名以上が受講する授業において、コロナ禍で生起しやすくなった感情をたずねたところ、「不安や恐怖を感じやすくなった」「イライラしやすくなった」という回答が多く見られました。自粛が続く中で、自由に外出できず、人にも会えないことからくる、ストレスフルな状態が影響していると考えられます。また、緊急事態宣言の影響を受けてイベントや旅行、友達との予定のキャンセルや延期が続き、「がっかりすることが増えた」という声も複数ありました。その一方で、元々人と関わることが苦手で、独りでいることが好きな学生にとっては、人に会わなくていい現状はストレスフリーだと感じるようです。しかし、全体ではネガティブな感情変化が多数を占めています。
以前より、私は、小?中?高?大学生から一般企業の方まで幅広い年齢層の方を対象に、コミュニケーション場面での自己制御に着目した研究を行ってきました。その中で、目周辺部分の写真を提示して、まなざしからどのくらい正確に他者の感情を読み取れるかを測定する方法を用いたことがあります。コロナ禍ではマスクを着けることが当たり前、つまり、顔半分が見えない状態で他者と接することが当たり前になりました。日本人は欧米人と比べると、口元よりも目から感情を読み取ろうとする傾向が高いのですが、それでもマスクによって顔半分が隠されてしまうと、他者の表情は読み取りにくくなります。マスク着用によって他者の感情を適切に読み取れないままコミュニケーションを行うと、そこにズレや誤解が生じ、対人場面での問題につながってしまう恐れもあります。
「今ここ」に注目するストレス緩和法マインドフルネス
進学?就職?人間関係の悩みなど、現代社会はもとよりストレスがたまりやすい状況です。加えて、コロナ禍によって大きく変わった日常に心理的な負担を抱える人が増える中、不安や恐怖、イライラなどのネガティブな感情をコントロールし、メンタルヘルスを保つために注目されているのがマインドフルネスです。
仏教の瞑想(めいそう)法が起源の「マインドフルネス」。Kabat-Zinn(1990)はマインドフルネスを、「今ここでの経験に、評価や判断を加えることなく、能動的に注意を向けること」と定義しています。今、椅子に座ってこの文章を読んでいる方は、自分のお尻と椅子が接触している部分に注意を向けてみてください。椅子と接触しているという感覚が感じられるかと思います。この感覚は「今ここ」で感じている現実です。脳を休ませるには、この「今ここ」に注意を向けることが有効だということが分かってきています。脳を休ませると聞くと、目を閉じて何も考えずにボーっとしているような状態が一番だと思う人もいるかもしれません。しかし、ボーっとしているときも、私たちの脳内は絶えず働いていて、多くのエネルギーを消費してしまっています。実際、私たちがボーっとしているとき、「今日の夜ご飯は何かな」「昨日友だちに言った一言は余計だったかな」「コロナ感染こわいな」などと、いろいろなことを考えているものです。実は「今」だけに意識を集中したり、頭の中を空っぽにして何も考えないようにしたりするのは意外に難しいもの。過去や未来のことばかり考えてしまい、今現在に注意が向いていない状態のときにこそ、多大なエネルギーが消費されてしまっています。
現在感じる必要のない過去や未来のストレスから離れ、今ここにいることに注意を向け、余計な思考や感情にとらわれないようにする、それがマインドフルネスの考え方です。
マインドフルネスを行うことで、イライラや怒り、対人コミュニケーションにおけるストレスの低減など、感情のコントロール力が向上すると言われています。例えば、うつ病の患者さんはネガティブな感情が自動的に沸き上がってくるのですが、自分の呼吸など「今」に意識を集中させることで、感情の切り替えがうまくできるようになることが分かってきました。近年では、医療現場でも治療法として活用されるようになってきており、その効果が認められています。企業でも、集中力の向上やストレス低減を目的に研修として取り入れたり、国連もテレワーク時の不安解消法の一つとしてマインドフルネスを挙げたりしています。アメリカ心理学会(American Psychological Association: APA)や日本心理学会でも、コロナ禍の対処方法として、マインドフルネスのエクササイズを提供するアプリを紹介しています。
紹介ページ:もしも「距離を保つ」ことを求められたなら:あなた自身の安全のために(Keeping Your Distance to Stay Safe) | 日本心理学会 (psych.or.jp)
私が担当する授業では、大学生が1週間マインドフルネスを続けたところ、229名中、約8割の学生がポジティブな変化を報告してくれました。マインドフルネスの効果の実感には個人差がありますが、時間のあるときに呼吸に注意を向けてみたり、ヨガやストレッチをする中で自分の身体の感覚に意識を向けてみたりするだけでも効果が期待できます。特に、WebサイトやSNSなど、日頃から多くの情報にさらされている現代人においては、気持ちを切り替え、集中力を高める上でも、「今ここ」に注意を向けることは有効だと考えられます。自身の感情をうまくコントロールし、メンタルヘルスを保つための手法の一つとして、生活に取り入れてみてもいいのではないでしょうか。
「自己制御」に関する研究成果を、社会課題に役立てる
今回、新型コロナウイルス感染症は、日常生活にさまざまな混乱をもたらしました。しかし、現代社会を生きる私たちは、今後も多くの変化に直面し、影響を受けていくはずです。そうした中で、感情コントロールや心へのアプローチはますます重要になっていくと考えます。
現在は、自己制御の発達的変化や、個人の自己制御がチームや小集団の中でどのように影響するかといった点を明らかにするための研究、自己制御の個人差を踏まえた学校での自殺予防教育の効果に関する研究などを行っています。また、愛知県警から依頼を受け、特殊詐欺被害者の特徴を探る研究も行っています。いずれは、学校現場で活用できる自己制御の育成プログラムを開発できればと計画しており、自己制御に関する研究成果を社会に還元していきたいと考えています。